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エリザベス女王の死因は何?老衰や自然死、持病の話などまとめてみた

2022年9月8日、イギリスのエリザベス女王が96歳で亡くなり世界に衝撃が走っています。

96歳という年齢なので物凄い驚きということではないと思いますが、在位が英国の国王としては歴代1位の70年間、世界の中の支配者としての地位という点では歴代2位の記録を持っていて存在感が大きかったことがニュースのインパクトになっていると思います。

では女王エリザベス2世はなんで亡くなったのでしょうか。

訃報が短文でヘッドラインを占拠していて、いまひとつ中身が見えてきません。

この記事ではエリザベス女王(女王エリザベス2世)の死因は何なのか?老衰?持病があった?など直近わかる範囲での情報をまとめていきたいと思います。

 

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イギリスBBCのインスタグラムの黒いアイコンも注目です。

エリザベス女王の死因は何?老衰?自然死?持病?

エリザベス女王の死因についてですが、結論からいうと現時点で公表はされていません。

なぜ死因を発表していないのか謎ですが、ここ数年は体調を崩すことが多かったようです。

彼女の最近の公務に関わる健康状態などをまとめてみたいと思います。

プラチナ・ジュビリーには初日だけ出席

今年の6月に在位70周年を迎えて、プラチナ・ジュビリーという記念式典が行われました。

各会の著名人が集まり祝賀会が行われ、初日のイベントにはいくつかエリザベス女王自身参加をしたわけですが、2日目以降のセント・ポール大聖堂での感謝祭と3日目のエプソムダービーは体調不良を理由に欠席しています。

具体的な内容までわかっていませんが、単純に年齢的、体力的にこういう行事でしっかりとした足取りで振る舞うことが難しいといった理由だったのではないでしょうか。

エリザベス女王は2021年から杖を使用

エリザベス女王は2021年10月に歩行用の杖を使い始め、亡くなるまで使い続けていました。

同じ月には北アイルランドへの旅行をキャンセルしていますし、11月には背中に痛みを訴えています。

彼女は今年の2月にはコロナの陽性反応を示し(息子のチャールズ皇太子とカミラ夫人も陽性反応)、ニュースにもなったので覚えている人も多いと思います。

コロナから回復が伝えられましたが、その後体力などは衰える一方で6月のプラチナ・ジュビリーのほとんどを欠席する流れにつながったのではないでしょうか。

エリザベス女王の訃報を伝えるBBCの速報です。

エリザベス女王の死因は老衰?自然死?

老衰という言葉が死因として使われるのか、何か最後に息をひきとる要因となる病気があったのか診断は難しいようにも感じます。

老衰(ろうすい、Senility)とは、加齢により脳を含めた全臓器・細胞の力がバランスを保ちながらゆっくり命が続かなくなるレベルまで低下していき、最後に下顎呼吸後に死亡することである。

定義としては上記のようになるようですが、年をとって免疫が弱ってきたところに風邪のようなウイルスがとどめとなって亡くなるケースはよくあるパターンと聞きます。

今回のエリザベス女王の場合、2月にコロナを96歳の年齢ではねのけているわけですが、その後体調が思うように回復しなかったのか、因果関係などは不明です。

彼女の持病などについても今のところ情報は入っていません。

女王陛下という重要な地位の人なので、死因についてもはっきりとした結果が出てから発表されるのかもしれません。

エリザベス女王はスコットランドのバルモラル城で息を引き取りましたが、直前まで医療チームが彼女のケアにあたっていたようで、海外の報道では自然死が有力なのではないかという内容のものが多くみられます。

一時的な運動障害があったとする記述もみられ、これは去年から杖をついていたことと関係するものだと思われます。

老衰、自然死、どういう言葉をチョイスするのかは微妙ですが、なにか大きな病を患っていたということでもないようなので、寿命を見事に全うしたということなのかもしれません。

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エリザベス女王になるまでの波瀾万丈の歴史をおさらい

エリザベス2世は1926年4月21日に、後の国王ジョージ6世とエリザベス女王となるヨーク公爵夫妻の間に生まれました。

エリザベス・アレクサンドラ・メアリーという名で洗礼を受け、4年後に妹のマーガレット・ローズが誕生しています。

家族4人はウィンザーのカントリーハウスやエリザベスの祖父母のカントリーハウスで多くの時間を過ごしました。

エリザベスと妹は家庭教師から教育を受け、フランス語を流暢にあやつり、音楽も勉強しています。

王室の一員として、勉強の中心はイギリスの歴史と法律。

エリザベスは家族の間では「リリベット」と呼ばれ、ガールガイド(アメリカのガールスカウトに相当)の特別訓練を受け、馬とウェルシュ・コーギー・ペンブロークへの深い愛情に目覚め、長い人生を通じてその情熱を育んでいきました。

王位継承順位3位のエリザベス王女は、父親が弟妹として生まれたため、女王になるとは思っていませんでした。

ところが1936年に彼女の祖父が亡くなり叔父が王となるとすべてが一変、エリザベスの叔父でプリンス・オブ・ウェールズのエドワードは、1936年に国王ジョージ5世の死去に伴い王位を継承し、国王エドワード8世となりました。

しかし、彼は1年も経たないうちに愛する女性、アメリカ人のバツイチ女性と結婚するために王位を退くという事態に。

そのため、エリザベスの父親はジョージ6世となり、突然エリザベスが王位につくことになったという経緯です。

1939年に第二次世界大戦が勃発すると、エリザベスの母親は王から離れることを拒み、子供たちをウィンザーの田舎の屋敷に送り込みました。

そこから14歳のエリザベス王女は、家から避難してきた英国の子どもたちに希望を失わないようにと励ます有名なラジオ放送を行いました。

これは王女としての数多くの出演のうちの最初のものに過ぎず、彼女はすぐに他の公的な任務を引き受けるようになりました。

1947年、エリザベスは遠い親戚のフィリップ・マウントバッテンと結婚しました。

二人は彼女が13歳の時に出会って連絡を取り合い、やがて恋に落ちました。

その後二人の間には4人の子供が生まれ、チャールズ、アン、アンドリュー、エドワードとなります。

国王ジョージ6世が56歳で亡くなると、エリザベスは女王という地位に、わずか25歳で英国を統治した史上6人目の女性となったというわけです。

エリザベス女王死去に対するネット上の反応

エリザベス女王の訃報を受けてロンドンに二重の虹がかかったことが話題になっています。

虹が出たのは亡くなる直前という情報も。

新しく首相に就任したリズ・トラス氏とも謁見していたので、急な訃報という感じもします。

喪に服すためBBCのインスタグラムのアイコンが黒になったことも注目を集めています。

第二次世界大戦中は婦人整備隊員として従事していたことなどを考えると長い歴史を感じます。

また彼女の死でこれからの歴史が大きく変わる分岐点なのかもしれません。

 

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