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大橋未歩の元夫は城石憲之!離婚原因などまとめてみた

大橋未歩

元テレビ東京のアナウンサーで、現在はフリーアナウンサーとして活躍している大橋未歩さんは、2007年に城石憲之さんと結婚しました。この二人は「おしどり夫婦」として知られていましたが、残念ながら離婚。その後、驚くことに再婚の報告がありました。

大橋未歩さんはテレビ東京での人気アナウンサーとしての地位を築き上げていました。フリーアナウンサーになる噂もちらほらと聞かれましたが、実際にフリーに転身したのは2017年12月。その前の2016年には、同じアナウンサー業界の方と再婚しています。このタイミングから考えると、彼女は将来の生活をしっかりと計画して、安定した環境を築いた上でフリーに転身したのかもしれませんね。

 

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年々魅力を増しているイメージの大橋未歩さん。

この記事では、大橋未歩さんのプロフィールに加え、元夫の城石憲之さんの情報、二人の離婚原因などをまとめています。

大橋未歩さんと元夫の城石憲之さんの結婚生活に波乱

かつてテレビ東京のアナウンサーとして活躍していた大橋未歩さんは、元プロ野球選手の城石憲之さんと結婚していました。

城石憲之さんは、プロ野球のヤクルトに所属していた頃、大橋未歩さんがアナウンサーとして入社したばかりの2002年に出会います。初めてのアプローチは城石さんからでしたが、大橋さんは城石選手のことをよく知らなかったので、お断りしたそうです。

しかし、その後、古田敦也選手が仲介役となり、二人の交際が2003年に始まりました。そして、2007年の新年に結婚を発表しました。

二人は「おしどり夫婦」として知られ、2009年には城石憲之選手の引退セレモニーで、大橋未歩さんが感謝の花束を手渡していました。

しかし、2013年1月、大橋未歩さんは突然の脳梗塞に見舞われます。右脳に4箇所の脳梗塞が見つかり、顔を洗っている最中に突然の発症で倒れました。幸い、城石さんがすぐに気付き、病院へと搬送。緊急手術が行われました。

その後、8ヶ月の休養を経て、大橋未歩さんは仕事に復帰します。この間、城石さんは夫として、彼女を支え続けました。特に、彼が朝4時に起きて作ってくれた特製のスムージーは、大橋さんの回復を助けたと言われています。

大橋未歩さんは以前、「城石さんとは多くの点で相性が良い」と語っていました。多くのファンも二人の夫婦関係を羨ましく思っていたようですが、2015年には予想外の離婚が発表されました。

大橋未歩さんの離婚の背後に隠された真実とは

大橋未歩さんと城石憲之さんの離婚の理由には、子供ができなかったことや夫婦間のすれ違いがあったとも伝えられています。しかし、一部の声からは、その真相が異なるのではないかとの指摘が上がっています。

城石憲之さんと結婚生活を送っていた中で、現在の旦那との職場での不倫が離婚の大きな要因だったのではないかとの噂が囁かれています。仕事の忙しさや寂しさから、他の男性に心を寄せてしまったのかもしれません。

大橋未歩さんが病気の時に、城石さんが全力でサポートしていたことを考えると、離婚の決断に多くの人が驚きと疑問を抱きました。離婚が双方の合意の上であったとしても、再婚までの時間が短かったことや、病気を支えてくれた城石さんへの感謝の気持ちが足りなかったのではないかとの声が多く、大橋未歩さんの評価は大きく下がってしまったようです。

また、2018年に大橋さんが出演した番組『誰だって波瀾爆笑』では、城石憲之さんとの結婚については触れられなかったとのことです。

週刊誌などでも、タイミング的にあやしい、かぶっていた時期があるのでは、夫の城石憲之さんが一流と言われる部類のプロ野球選手になれなかったことで見限ったのでは、などと大橋さんをバッシングする向きがあったのは事実だと思います。

プロ野球選手で成績が今一つだった人で、選手生活が終わると同時に三下り半を突き付けられるのはよくある話です。

前夫との離婚理由を公にしない大橋未歩さんに批判の声

大橋未歩さんは、前夫である城石憲之さんとの離婚理由について、今後も公にするつもりはないと述べています。その理由として「元夫の新しい生活が始まっており、迷惑をかけるわけにはいかない」との立場を明らかにしています。

しかし、その姿勢に対して、一部からは大橋未歩さんの離婚後の行動に対する批判が強まっています。

・もう少し再婚までの時間をとるべきだったのではないか
・「おしどり夫婦」として知られていたが、実際の夫婦生活はそうではなかったのでは
・引退後の夫の生活に不安で切り捨てたのか
・新しいパートナーに心が移ったのでは

など、さまざまな憶測や意見が飛び交っています。

 

元夫、城石憲之さんのプロフィール

城石憲之(しろいし のりゆき、1973年4月17日生まれ)は、埼玉県大宮市(現・さいたま市大宮区)出身の元プロ野球選手(内野手)およびプロ野球コーチです。

彼は元フリーターという異色の経歴を持ち、2005年から2008年まで東京ヤクルトスワローズの選手会長を務めました。元妻はフリーアナウンサーの大橋未歩です。

経歴・人物:

城石さんは子供の頃はサッカーを楽しんでいましたが、リフティングの技術が伸び悩み、小学3年生の際にソフトボールへとスポーツを変更。

中学校では大宮市立大成中学校の軟式野球部に加わり、後に同じ高校で主力打者となる長沼史朗さんらとともに、関東大会での栄冠を手に入れました。

春日部共栄高校に入学してからも、野球への情熱は続き、野球部でのリーダーとしても活躍しました。

1年生の秋からスタメンとしての地位を確立し、1991年には3番や6番、遊撃手として第63回選抜高等学校野球大会と第73回全国高等学校野球選手権大会に出場。

夏の大会では初戦での敗退はありましたが、春の大会では1回の勝利を収めました。

また、夏の埼玉大会の決勝戦では、エース門倉健がいる聖望学園高校に勝っています。

彼の高校時代の成績は、合計で7本のホームランを打っています。

その後、青山学院大学に入学しましたが、野球部の雰囲気に馴染むことができず、わずか1週間で退学しました。

大学を去った後、ガソリンスタンドで働いていましたが、プロの道を夢見て日本ハムファイターズのテストを受け、見事合格。

1994年のプロ野球ドラフトで日本ハムから5位での指名を受けてプロ入りしました。

ちなみに、日本ハム入団の前に、ヤクルトスワローズのテストも挑戦しましたが、残念ながら不合格でした。

1998年にヤクルトスワローズへ移籍、2009年に現役引退を表明し、2010年から一軍守備走塁コーチに就任。

2011年の9月28日に一時的に休養を取り、椎間板ヘルニアの手術を受けることとなりました。

この手術は本来シーズンが終わってからのものでしたが、腰痛が原因でノックなどの動作に問題が見られたため、早めに手術を行うことに決めました。

彼が休養している間、土橋コーチが代わりを務め、10月7日に元の役職に戻りました。

2014年にはヤクルトを去り、翌2015年には北海道日本ハムファイターズで二軍の打撃コーチとして活躍を見せ、2016年からは一軍打撃コーチとしての役割を果たしました。

2020年シーズンには再び二軍内野守備コーチとしての仕事を受け持ちました。

2020年2月、沖縄県で行われた二軍のキャンプ中、急に気を失い顔を打ったため、名護市の病院へと搬送されました。

精密な検査の結果、幸い頭には大きな異常は見られず、顔の打撲と診断されました。

事の発端は、彼が倒れる直前に左膝を打球で打っていたことと判明。

それから数日間の入院と約1週間の休養を取りましたが、その後無事に復帰しました。しかし、2021年11月1日には契約が終了し、ファイターズを退団しました。

そして、2022年からはヤクルトスワローズの二軍チーフおよび守備走塁コーチとして再びヤクルトに戻ることが決定。

また、2023年に開催されたWBCでは、かつての二軍監督である栗山英樹監督の下、内野守備・走塁および作戦コーチを努めました。

城石憲之は、そのキャリアを通じて多くの経験と実績を積み上げ、プロ野球界での彼の影響は大きいと言えるでしょう。

2023年のWBCでもあのイケメンコーチは誰だと話題になりました。

大橋未歩さんのプロフィールもおさらい

大橋未歩(おおはし みほ)さんは、日本のフリーアナウンサーで、元テレビ東京エグゼクティブアナウンサー。彼女は1978年8月15日に兵庫県神戸市で生まれ、現在44歳です。彼女は早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程を最終学歴としています。彼女のキャリアには、テレビ東京アナウンサー(2002年 - 2017年)としての活動や、2018年2月からのフリーアナウンサーとしての活動が含まれます。彼女はバラエティジャンルでの活動が多く、過去には城石憲之と結婚していましたが、2015年春に離婚。その後、上出遼平と再婚しています。彼女は現在、『5時に夢中!』という番組に出演中です。

主な経歴・事績:

兵庫県神戸市須磨区出身で、神戸市立北須磨小学校、神戸女学院中学部・高等学部を経て、上智大学法学部法律学科に入学。
2002年にテレビ東京に入社。入社1年目にプロ野球選手の城石憲之との交際が始まり、2007年に結婚。
2012年に早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程に進学。
2013年に脳梗塞を患い、療養を経て復職。
2015年春に城石との離婚後、テレビ東京社員の上出遼平と再婚。
2017年にテレビ東京を退社し、2018年からフリーアナウンサーとして活動開始。
彼女はスポーツやバラエティ番組での活動が多く、そのキャリアは多岐にわたります。

活躍の場が今でも拡がっている印象の大橋未歩さん。

大橋未歩さん、再婚の相手はテレビ東京ディレクターの上出遼平さん!

大橋未歩さんが再婚されたお相手は、テレビ東京でディレクターを務める上出遼平さんで、彼は大橋さんより10歳若いです。

2016年1月に結婚を発表されましたが、前のご主人との離婚から1年も経っていなかったことが話題となりました。

上出遼平さんのプロフィール:
名前:上出遼平(かみでりょうへい)
生まれた日:1989年2月14日(2023年現在で34歳)
出身:東京都
学びの場:早稲田大学法学部
仕事:テレビ東京のディレクターとして2011年に入社(2022年退社)。

大橋未歩さんが大学受験のために1年間の浪人生活を経て、2002年に入社したので、上出さんは9期後輩となります。

彼は『ありえへん∞世界』や『世界ナゼそこに?日本人』のアシスタントディレクターを務めていました。

また、元テレビ東京の先輩である佐久間宣行さんによれば、上出さんの特徴的なスキンヘッドと長い髭の風貌は「殺し屋のよう」と評されていました(笑)。

実際に、彼の風貌はかなり印象的で、アンジャッシュの渡部さんからは「悟りを開いたお坊さんのようで、20代とは思えない風貌」と評されていました。

さらに、彼のルックスは一部で俳優の綾野剛さんに似ているとの声も上がっています。

上出さんに関するエピソードは、日本テレビの『行列のできる法律相談所』で取り上げられていたこともあります。

旦那さんは自然を愛する個性的な人物

大橋未歩さんのご主人、上出遼平さんは、独特の価値観を持つワイルドな性格の持ち主のようです。例えば、冬の寒い時期でもトイレの暖房便座を使うことを固く拒否し、冷たいままで使用するそうです。

また、年末の旅行で氷点下5度の寒さの中、キャンプに誘われたことも。その寒さは、キャンプを楽しむどころの気温ではなかったとのこと。

さらに、誕生日にマフラーやカメラのストラップをプレゼントされた際、ストラップが使いにくいと感じたのか、「返す」と言って、実際に返してしまったというエピソードも。

その背景には、上出遼平さんがテレビ東京で担当している『ハイパーハードボイルドグルメリポート』という番組が関係しているようです。この番組では、世界の危険な地域での食事をドキュメンタリーとして紹介しており、上出さん自身がカメラを持って危険な場所に足を運ぶことが多いのです。例えば、リベリアの危険な墓地での生活を追いかけるなど、刺激的な内容が多い番組です。

このような冒険的な性格の旦那さんに対して、大橋未歩さんは「自分は母性が強い」と語っており、夫婦の関係は現在も良好のようです。しかし、冒険心旺盛な旦那さんとの今後の結婚生活には、さまざまなドラマが待っているかもしれませんね。

まとめ

大橋未歩さんはかつて城石憲之さんと結婚していましたが、その後離婚。離婚の理由には様々な憶測が飛び交っています。その後、大橋さんは上出遼平さんと再婚。上出さんは独特の価値観を持つワイルドな性格で、冬の寒さの中でも暖房便座を使わない、氷点下のキャンプ旅行を提案するなど、彼の自然を愛する個性が際立っています。また、テレビ東京の『ハイパーハードボイルドグルメリポート』という番組を担当し、世界の危険な地域での食事をドキュメンタリーとして紹介する彼の冒険心と、大橋さんの母性が絶妙に組み合わさって、現在の夫婦関係は良好のようです。しかし、城石さんとの過去の結婚生活や上出さんの冒険的な性格が、今後の結婚生活にどのような影響をもたらすのか、興味深いところです。

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